「ゆずにいは、不能のご病気なのです……だからわたしの羽衣をけして奪えません」
山桜桃の羽衣を丹念に仕立てていても、彼の身体は微塵も反応しなかった。山桜桃が美しく淫らになっていくのを悔しそうに見つめている義兄は、ほんとうは真っ先に抱きたいと思っていたはずだ。
だからといって命乞いのために父親よりも年上の帝に義妹を捧げられるほど、鬼畜でもない。親族を悉く殺され、自分だけ取り残された彼にとっての唯一の希望が男を知らない天神の娘で自分の異母妹でもある山桜桃の存在だったのだから。「……そういうことか」
「一部の皇族が持つ魔術のなかには、感覚を共有させるものがあると聞きました。だから……羽衣を渡す代償として、僕にその身体を貸して欲しい」 「そのようなことが可能なのですか」驚く山桜桃に、於環は軽く首を振る。
「完全な感覚共有ではないが一時的にだが俺の身体で得る情報を第三者へ転写する魔術は存在している」
「じゃあ……!」 「そこまでしてお前たちはひとつに繋がりたいのか? 神の怒りを一身に受けることになっても?」於環の言葉に柚子葉が驚き山桜桃を見つめる。彼女は恥ずかしそうにはにかんで、自分の気持ちを改めて口にする。
「――わたしは、ゆずにいをお慕いしております」
「あぁ、ゆすら……僕の一方的な恋情ではなかったのだね」 「そうじゃなければ、羽衣をおとなしく仕立てられなんか、しません! ゆずにいさま……あなたが抱くことのできない身体だと理解しても、いつかこの先を致したいという気持ちは止められませんでした」 「ゆすら」かの国の神々は近親相姦を是としていない。堅九里が口にしていたように血の繋がりを持つ男女がまぐあえば、怒りを買うと忌み嫌うのが常識だろう。
だが、柚子葉は自身が不能であるだけで、義妹を抱きたいと心の底から想っているし、彼女もまた同じ気持ちだ。 たとえ神々を敵にまわしても、互いに愛し合いたいと、かの国の神々の代理人である帝の息子ゆずにい、と舌足らずな呼び方を改めて、山桜桃は於環の前で淋しそうに微笑む。「ゆずにいは、不能のご病気なのです……だからわたしの羽衣をけして奪えません」 山桜桃の羽衣を丹念に仕立てていても、彼の身体は微塵も反応しなかった。山桜桃が美しく淫らになっていくのを悔しそうに見つめている義兄は、ほんとうは真っ先に抱きたいと思っていたはずだ。 だからといって命乞いのために父親よりも年上の帝に義妹を捧げられるほど、鬼畜でもない。親族を悉く殺され、自分だけ取り残された彼にとっての唯一の希望が男を知らない天神の娘で自分の異母妹でもある山桜桃の存在だったのだから。「……そういうことか」 「一部の皇族が持つ魔術のなかには、感覚を共有させるものがあると聞きました。だから……羽衣を渡す代償として、僕にその身体を貸して欲しい」 「そのようなことが可能なのですか」 驚く山桜桃に、於環は軽く首を振る。「完全な感覚共有ではないが一時的にだが俺の身体で得る情報を第三者へ転写する魔術は存在している」 「じゃあ……!」 「そこまでしてお前たちはひとつに繋がりたいのか? 神の怒りを一身に受けることになっても?」 於環の言葉に柚子葉が驚き山桜桃を見つめる。彼女は恥ずかしそうにはにかんで、自分の気持ちを改めて口にする。「――わたしは、ゆずにいをお慕いしております」 「あぁ、ゆすら……僕の一方的な恋情ではなかったのだね」 「そうじゃなければ、羽衣をおとなしく仕立てられなんか、しません! ゆずにいさま……あなたが抱くことのできない身体だと理解しても、いつかこの先を致したいという気持ちは止められませんでした」 「ゆすら」 かの国の神々は近親相姦を是としていない。堅九里が口にしていたように血の繋がりを持つ男女がまぐあえば、怒りを買うと忌み嫌うのが常識だろう。 だが、柚子葉は自身が不能であるだけで、義妹を抱きたいと心の底から想っているし、彼女もまた同じ気持ちだ。 たとえ神々を敵にまわしても、互いに愛し合いたいと、かの国の神々の代理人である帝の息子
* * * 反政府軍の会合が頻繁に行われるようになると、自然と柚子葉の訪れが減るようになった。外の世界では帝が狙われる暗殺未遂事件が起こっており、革命間近だと囁かれているのだが、囚われている山桜桃が知ることはなかった。だが、目の前にいる青年はそう思っていないのだろう。「見つけた。天神の娘」 「あなたは、だれ?」 この邸周辺には古語魔術による結界が張られているため、常人が山桜桃の囚われている場所を把握するのは困難だと柚子葉は言っていたが、彼は何事もなかったかのように地下牢へ降りてきて、鍵を開ける。「俺は於環(おだまき)だ」 「オダマキ?」 「またの名を、於環(オウワ)」 「――第三皇子!?」 ごくり、と山梅桃が唾を飲むのと、こくり、と於環が首を縦に振ったのは同時だった。 拘束していた鎖を無言で外し、於環は山梅桃の名を確認するように呼ぶ。「空我、山梅桃……俺の父がお前を望んでいる」 「……存じております」 柚子葉は山梅桃を帝に差し出すつもりだったのだろうか。目の前のあまりにも従順な彼女の反応に、於環は顔を歪ませる。「お前はそれで良いのか」 「そのためにここで羽衣を仕立てていたのでしょう。帝に羽衣を差し出せば、ゆずにい……義兄の生命は助かるとききましたので」 山梅桃は諦観しながら応える。ここにいない義兄のため、健気にも純潔を差し出すことも厭わないと。 だが、柚子葉はそのことで疑心暗鬼に陥っているようにも感じられた。素直に羽衣を仕立てた義妹を渡すだけで、帝が反政府軍の上層部にいる彼を赦すとはとうてい思えないからだ。「そんなに義兄が好きか」 「ええ」 頬を朱色に染めて儚げに微笑む山桜桃を見て、於環の心がざわつく。薄い夜着を纏った彼女の身体の線は透けており、美しい形をした乳房が丸見えだ。長い鎖を巻いた手首は自重のせいか赤い痕が残っている。何があっても起こっても、義兄は彼女を手放しそうにない執着心と矛盾する彼女の姿に於環は困惑する。「だって、ゆずに
* * * 天神の娘の所在が明らかになったと帝の三番目の息子、於環(おだまき)のもとに届いたのは、山桜桃が襲撃されて十日ほど経った頃のことだった。 彼女は空我本邸の地下で義兄の柚子葉が張った結界に保護されているという。「結界ねぇ」 そのようなまやかしでかの国の玉座を守護しつづけている皇族を騙せるとでも思ったのだろうか。だとしたら愚かだ。兄上がわざと見逃しているようにしか思えない。 じゃらじゃらと耳障りな音を立てながら於環は反芻する。 天神の娘が持つという羽衣はかの国の権力者を惑わす危険なものだという。過去に山桜桃の母が北大陸の内乱を引き起こしたように。けっきょく彼女は帝が羽衣を奪ったが、後継を産めなかったからと空我侯爵に押し付けてしまった。まさかそこで新たな天神の娘を産み落とすとは考えもしなかったのだろう。安直な父帝らしいと於環は苦笑する。「於環様、組織の上層部にいる空我柚子葉は義妹である山桜桃の羽衣を奪うことなく、掌中におさめております。これはいったい」 「あの男か。父は娘を渡せば生命まではとらないと口にしていたが、十中八九葬るだろうな」 そもそも於環は山桜桃という天神の娘を知らない。父帝は天神の娘など羽衣を奪わぬ限り国を揺るがす悪女でしかないと罵っているが、ほんとうにそうなのだろうか。「それより……父は母親だけでなく娘の純潔も奪おうとしているのか。俺はそっちの方がおぞましい」 皇位に執着している父を見ていると政変も致し方なしと思う時点で自分は彼と袂を分かつ運命にあるのだろうと於環はため息をつく。 だから皇城の片隅で、父から危険分子扱いされて監視つきで囚われているわけだが……すでにその監視、堅九里(かたくり)も於環の配下に覆っている。 じゃらじゃら、趣味の悪い白金の枷が手首を戒めている。本気になればこのような玩具、すぐにでもはずせるが、於環がいま動けば実の息子だろうが父帝から粛清の対象として処刑されかねない。 ――それでもいい加減話のわかる堅九里に見つめられながらのこの監禁生活には飽きていた。「だからといっ
「ぁあ……」 「上質な羽衣を手に入れるためには、きみの身体を淫らにする必要があるんだ。恥ずかしがらないで、すべてを僕に委ねて」 「んっ」 抵抗できない状態で毎夜、柚子葉が山桜桃の身体を愛でていく。すべては羽衣のためと言いながら、彼は少しずつ彼女を官能の海へ誘っていく。「可愛いよ、ゆすら。明日は胸を中心に気持ちよくしてあげるから。この手で淫らな天女になるんだよ」 「~~~ッ!」 太ももの付け根を揺すられて、秘芽を指先で捏ねくりまわされて、すでに山桜桃は絶頂に至っている。 柚子葉が使う香油に媚薬が入っていることなど知るよしもなく、山桜桃はいやらしい気持ちを覚え始めていた。 こんなのおかしいと、義兄に監禁されて身体を調教されるなんて、とあたまの片隅では思っていても、夜になると身体は疼いてしまう。 早く彼の手で逝かされたい……と。 * * * 甘ったるい香油の香りが山桜桃の身体を侵食していく。気だるい身体は火照ったまま、昼夜問わず柚子葉にふれられるのを期待するようになる。淫らな天女が上質な羽衣を仕立てるのだという柚子葉の言葉に従って、素直な山桜桃は堕ちてゆく。「足をひろげてごらん」 「あっ……いけませんゆずにぃ」 「抵抗しないで」 「ふっ――アぁっ!?」 カシャン。両足をひろげた状態で枷をつけられた山桜桃は、そのまま彼に口付けられて軽く達してしまう。「接吻だけでこんなに濡れるようになるなんて。いけない子だ」 「ふあぁあっ」 「乳首が物欲しそうに勃っているよ。僕が美味しく食べてあげるからね」 「アッ……んっ」 恥ずかしい体勢のまま寝台に磔にされた全裸の山桜桃を、軍服姿の柚子葉が舐め回していく。政府軍との緊張状態が続いているからか、ここ数日の柚子葉は山桜桃の前でも嗜虐性をむき出しにしている。栄華を与える天女の羽衣を持つという義妹を自分の手元で監禁し、淫らに躾けていく義兄はひたすら彼女を絶頂に追いやっていた。山桜桃は未通の蜜園
* * * 柚子葉によって地下牢の鉄格子と左手首に鎖をつけられた山桜桃は、動きを制限された状態で日々を過ごしていた。幸い、鎖が長いため不浄の際にひとりで出歩けることと、夜には戻ってくる義兄によって身体を清められ、新たな夜着に着替えさせられ、設置された寝台で眠ることができた。食事は夜に運ばれてくるだけだが気軽に食べられるパンや日持ちする饅頭などを多目に持ってきてくれたのでひとりの時も食事に困ることはなかった。「鎖で拘束しなくても、わたしは逃げませんよ」「敵を欺くためにはまず味方からと言うだろう? いまのきみは僕に囚われた姫君なんだ。だから地下牢とはいえ待遇は良い、わかるね」「あ、はい」 柚子葉は打倒帝を掲げる反政府軍の上層部として活動をしている。昼間は革命に向けての会合を取り仕切り、夜になると監禁している天神の娘のもとへ戻り、世話をする。もっとひどいことをされるのかと思っていた山桜桃は拍子抜けしてしまった。 本邸にはもともと結界が張られているため、日中柚子葉が不在にしていても他人がこの地下牢まで辿り着くことは困難である。とはいえ、山桜桃がひとりで逃げださないよう鎖で繋いでおきたいという柚子葉の気持ちもわからないでもない。「姫君だなんて。それにわたし、羽衣なんて知りません」「知らない方が幸せかもしれないよ」 ただ、ずっと地下牢にいるから朝と夜の区別がつかなくなってきている。あの襲撃の日からどのくらい時間が経過したのかもわからない。 いまは毎日のように柚子葉が地下牢に通いつめているけれど、彼の身に何か起きたら自分はここで野垂れ死ぬことになるだろう。それともそうならない根拠が義兄にはあるのだろうか。 羽衣のことも、山桜桃の前でははぐらかしてばかりだ。それがこの国における“玉爾”のようなもので、天神の娘なら誰もが持っているものだというのは薄々感じることができる。柚子葉は山桜桃が羽衣を持っていると確信しているらしい。だからこうして監禁しているのだ。そのうえ。「もう、義兄に肌を見せることには馴れてしまったかい?」「ゆずにいの意地
山桜桃と柚子葉の父は侯爵位を持ちながら国に仕える軍部のなかでも特別な任務につく第零部隊の長官である。山桜桃の母は北の大地が制圧された際に戦利品として連れてこられた現地の若い女性のうちのひとりだ。もともと巫女としての能力が高かった彼女はかの国の帝に捧げられたというが、一年後に柚子葉の父に下賜された。栄華を与える天神の娘を手放した帝を愚かだと嘆く者もいたが、彼女が帝を怒らせる予言をしたからだとか、子を為せない石女だから皇城から追い出されたのだという噂が定着したことで事態は鎮静した。むしろ子を為すことのない羽衣を奪われた娘を下げ渡された柚子葉の父に同情の目が向いたのである。「きみの母上は帝によって羽衣を奪われ、役目を終えたと判断されて僕の父の公妾となった。だが、ゆすら、君が生まれた……皇家から石女だと蔑まれた彼女から、羽衣を持つ次の天神の娘が」 「帝にはお伝えしていなかったの?」 「ゆすらの存在はごく一部の空我の人間にしか知られていないよ。ずっと別邸で暮らしていたのはきみが妾腹の娘だからという理由もあったけれど、外部に秘匿しておくためだったんだから」 「で、でもそんなことできるわけない」 「そうだね。現に漏れてしまった。だから帝は激昂した。父は弁解する暇も与えられることなく粛清された。そこから軍部で内乱が起きた。帝に従う者と反発する者のあいだでいまも外は緊張状態に陥っている」 「……え」 「天神の娘がいるから国が乱れるのだという過激な思想を持つ一部の人間がきみを害そうとしたんだよ。そのなかにはたぶん、僕の母親も含まれている」 「わたしがいたから、お父さまが死んだ、と」 「その母上も帝に粛清されたけどね」 よけいなことをするなと、帝は侯爵家の人間を次々に粛清していった。 むしろ柚子葉が生き残っている方が不思議なくらいだ。「それじゃあゆずにいは?」 「僕に向かって帝は言ったんだ、『天神の娘を殺してはならぬ、羽衣をよこせ』と。そうすれば生命までは奪わないから、と」 そして別邸へ山桜桃を迎えに行ったところで、あの襲撃と遭遇したのだ。あのとき彼女が犯されていたら、と思うと柚子葉は恐ろしくなった。「……じゃあ、わたしを牢に閉じ込めたのは命乞いのため?」 「ひどいなあ。きみを生け贄に生き延びようなんて僕がそういう悪人に見える?」 「だって、わた